東京地方裁判所 昭和42年(特わ)48号 判決 1968年10月12日
本籍
東京都台東区千束四丁目七番地六
住居
同都中野区江原町二丁目二五番地三号
株式会社大洋建設代表取締役
田中平八郎
大正一一年一〇月八日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当栽判所は、検察官宮本喜光出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を罰金一、三〇〇万円に処する。
右罰金を完納しないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都内においてアパート等の建売業を個人で経営し、かつ、株式の配当による配当所得、不動産の譲渡による譲渡所得および不動産賃貸による不動産所得を得ていたものであるが、自己の所得税を免れるため、右建売業による売上を除外して簿外預金を設定する等の方法により所得を秘匿したうえ、
第一、昭和三八年分の実際課税所得額は、別紙(一)修正貸借対照表(昭和三八年一一月三一日現在の分)および別紙(三)昭和三八年度税額計算記載のとおり四、二六〇万一、一〇〇・であつて、これに対する所得税額は二、三五〇万四、三四〇円であつたにもかかわらず、昭和三九年三月一四日、当時の被告人の住居を管轄する東京都豊島区西池袋三丁目二七番地九号所在の豊島税務署において同署長に対し、課税所得金額は一二一万三、七〇〇円であつてこれに対する所得税が一万三、三六〇円である旨内容虚偽の確定申告書を提出して、正規の所得税額と申告税額との差額二、三四九万〇、九八〇円については法定の納付期限内に納付せず、もつて不正な行為により同額の所得税を逋脱した
第二、昭和三九年分の実際課税所得金額は、別紙(二)修正貸借対照表(昭和三九年一二月三一日現在の分)および別紙(四)昭和三九年度税額計算書記載のとおり三、七八四万、八五〇〇円であって、これに対する所得税額は二、〇六九万〇、二二〇円であつたにもかかわらず、昭和四〇年三月一〇日、同都中野区新井町二丁目二一番地所在の所轄中野税務署において同署長に対し、課税所得金額七五七万九、一〇〇円であつてこれに対する所得税額が二九一万一三八〇円である旨内容虚偽の確定申告書を提出して、正規の所得額と申告税額との差額一、七七七万八、八四〇円については法定の納付期限内に納付せず、もつて不正な行為により同額の所得税を逋脱した
ものである。
(証拠の標目)
(一) 全般について、
一、証人田中てるの当公判廷における供述中、判示事実に副う部分
一、田中てるの検察官に対する供述調書
一、梅川三郎の大蔵事務官に対する質問てん末書
一、天野知作成の上申書
一、大蔵事務官太田清作成の田中平八郎売買物件調査記録並びに所得税額計算書二通
一、検察事務官安井一夫作成の電話聴取書二通
一、押収にかかる所得税確定申告書一綴(昭和四二年押第八七二号の二一)
一、被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書四通および検察官に対する供述調書一通
一、被告人作成の上申書
一、被告人の当公判廷における供述中、判示事実に副う部分
(二) 別紙(二)および別紙各修正貸借対照表記載の勘定科目のうち、
(1) 現金について
一、押収にかかる金銭出納帳・仕訳帳・経費明細帳一綴(前同号の八)
(2) 普通預金、通知預金、定期預金について
一、大蔵事務官太田清作成の銀行調査書類
一、第一銀行新宿西口支店長甘泉憲一、同店河合正男、東京信用金庫中村橋支店長代理鈴木義朗作成の上申書
一、第一銀行新宿支店長甘泉憲一、東京信用金庫中村橋支店長篠原敬信作各成の残高証明書
一、第一銀行新宿西口支店長甘泉憲一、同銀行大久保支店長宮沢和夫、同銀行新宿支店長石渡卓三、三井銀行練馬支店長春山茂、協和銀行初台支店長上野典生、東京信用金庫中村橋支店長篠原敬信、北海道拓殖銀行淀橋支店長阿部隆信、日本勧業銀行高田馬場支店長岩間多計夫各作成の証明書(但し、甘泉、春山の分は各二通)
一、押収にかかる預金台帳一綴(前同号の一二)
(3) 売掛金および前受金について
一、阿部ゆき他二九八名作成の不動産取引に対する照会回答書
一、押収にかかる土地売買契約書等一袋(前同号の三)
(4) 未収配当金について
一、川崎製鉄株式会社株式課長村上英之助作成の配当金に関する照会回答書
(5) 仮払金について
一、証人木村栄子、同三田信行の各当公判廷における供述
一、証人木下信一に対する尋問調書
一、押収にかかる松尾信一詐欺告訴状控等一袋(前号の四)
(6) 有価証券および有価証券売却差額について
一、大蔵事務官古川三良作成の現金有価証券等現在高検査てん末書
一、押収にかかる売買(取引)精算書等一綴(前同号の一八)および得意先管理カード一枚(同号の二三)
(7) 棚卸土地について
一、豊島税務事務所長および中野税務事務所長各作成の「固定資産税および不動産取得税徴収薄写の送付について」と題する書面
一、練馬税務事務所長作成の「固定資産税および不動産取得税徴収簿写交付申請について(回答)」と題する書面
一、東京法務局練馬出張所斎藤四郎、同板橋出張所内田源衛、同中野出張所長高橋俊栄作成の証明書
一、秋元義雄、石井鏡雄、大野浩、岸野錠之助、酒井進、関根文次郎、百々海ヒサ、栗山喜代志、福蔵院、古谷喜一、矢島森太郎、横山開日各作成(但し、関根の分は二通)並びに吉田富美子、吉田薫共同作成の「土地賃貸契約に関する照会回答書」と題する書面
一、豊島区役所第九出張所、同第六出張所、同三出張所、同第七出張所、中野区役所桃園出張所、新宿区落合第二特別出張所長、練馬区長、埼玉県入間郡福岡町長、和歌山県西牟婁郡白浜町長各作成の転出先調査について照会回答書(但し、豊島区役所第九出張所および練馬区長の分は各二通)
一、阿部ゆき他二九八名作成の不動産取引に対する照会回答書
一、押収にかかる土地売買契約等一袋(前同号の三)、売買契約書二袋(同号の一四)および土地売買契約書等一綴(同号の一七)
(8) 棚卸建物について
一、新宿税務事務所長作成の「固定資産税および不動産取得税徴収簿写の送付について」と題する書面
一、阿部ゆき他二九八名作成の不動産取引に対する照会回答書
一、押収にかかる三九年度P/L等一袋(前同号の五)、金銭出納帳・仕訳帳・経費明細帳一綴(同号の八)、売上帳一綴(同号の一一)、工事台帳一綴(同号の一三)および売買契約書二袋(同号の一四)
(9) 土地について
一、押収はかかる宅地権利証等二綴(前同号の一)
(10) 営業所および社宅について
一、練馬税務事務所長作成の「固定資産税および不動産取得税徴収簿写交付申請について(回答)」と題する書面
一、中野税務事務所長作成の「固定資産税および不動産取得税徴収簿写の送付について」と題する書面
一、東京法務局練馬出張所長斎藤四郎、同板橋出張所長内田源衛、同中野出張所長高橋俊栄、同新宿出張所長宮下厳之助各作成の証明書
一、押収にかかる三九年度P/L等一袋(前同号の五)、資本金・固定資産台帳一綴(同号の七)、金銭出納帳・仕訳帳・経費明細帳一綴(同号の八)、売買契約書二袋(同号の一四)および宅地売買契約書等一袋(同号の一六)
(11) 車両および什器について
一、押収にかかる資本金・固定資産台帳一綴(前同号の七)領収書綴七綴(同号の九)
(12) 電話について
一、押収にかかる資本金・固定資査台帳一綴(前同号の七)および建物什器領収証二綴(同号の一五)
(13) 未払金について
一、押収にかかる土地売買契約書等一袋(前同号の三)、売買契約書二袋(同号の一四)、売上帳一一綴(同号の二四)および計算書一二綴(同号の二五)
(14) 未払税金について
一、豊島税務事務所長、中野税務事務所長、新宿税務事務所長各作成の「固定資産税および不動産取得税徴収簿写の送付について」と題する書面
一、練馬税務事務所長作成の「固定資産税および不動産取得税徴収簿写交付申請について(回答)」と題する書面
一、東京法務局練馬出張所長斎藤四郎、同板橋出張所長内田源衛、北税務事務所長宮田堅城、中野税務署長萩原潔、中野区長上山輝一各作成の証明書
一、豊島区長木村秀崇作成の「特別区民税・都民税の徴収簿写の交付について(回答)」と題する書面
(15) 店主勘定について
一、東京法務局中野出張所長高橋俊栄作成の証明書
一、押収にかかる不動産売買契約書等一袋(前同号の二)
(16) 預金利子について
一、大蔵事務官太田清作成の銀行調査書類
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、昭和四〇年法律第三三号所得税法附則第三五条により、その改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号)第六九条第一項に該当するところ、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、なお判示各罪とも免れた所得税額が五〇〇万円を超えるので、同条第二項を適用してその罰金は五〇〇万円を超え免れた所得税額に相当する金額(判示第一いにつては、二、三四九万〇、九八〇円、第二については、一、七七七万八、八四〇円)の範囲内でこれを科すべく、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項によりその合算額の範囲内で処断することとし。よつて被告人を罰金一、三〇〇万円に処し、罰金不完納の際の換刑処分については刑法第一八条第一項に則り金一〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して被告人の負担とする。
(公訴訟事実に対する判断)
本件公訴事実中第二の事実は、被告人の昭和三九年分の実際課税所得額が三、八三四万八、五〇〇円であり、これに対する所得税額が二、一〇一万五、二二〇万であって、これと申告税額二九一万一、三八〇円との差額一、八一〇万三、八四〇円を逋脱したというにある。
しかして、証人木村栄子、同三田信行の各当公判廷における供述、同木下信一に対する尋問調査、押収にかかる松尾信一詐欺告訴状控等一袋(前同号の四)並びに被告人の当公判廷における供述を総合すると、
(イ) 被告人は、自己の営む事業の一環として昭和三七年二月二四日、木村栄子の所有にかかる東京都渋谷区笹塚二丁目二二番の一一宅地二九坪並びに同地上の木造瓦葺居宅一棟建坪一二坪五合および附属物一切について、所有者の代理人と称する東興商会(代表者松尾こと木下信一)との間に、対価は二三二万としてこれを買受ける旨の売買契約を締結し、即日約旨に基づき木下に対し手附金として五〇万円を交付したこと
(ロ) しかしながら、その所有者たる木村栄子は、当時右宅地、建物を第三者に売渡す意思はなく、東興商会は勿論その代表者たる木下に対しても、売買その他の処分につき代理権を授与したような事実はなく、結局東興商会は、本件契約に関しては無権代理人にすぎず、また表見代理として所有者本人に契約の効力が帰属するような事情は認められないこと
(ハ) 被告人が本件契約の締結に際し木下に交付して手付金五〇万円も結局同人の手裡に留められ、所有者の手には渡つていないこと
(ニ) 本件契約後木村栄子はこれを追認した事実もなく、一方被告人としても、度々の催告にもかかわらず東興商会より約旨に従つて履行を受けることができなかつたため。昭和三七月中に東興商会に対し債務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をなしたこと
(ホ) 一方東興商会は、正式の商号を株式会社東興といい、(但し、本件契約にあたつては東興商会と称しているので通称に従う。)、昭和三七年中に設立された会社で東京都新宿区河田町一七番地に事務所を存し、木下信一が代表者となつて宅地、建物の取引業を営むものであるが、実質的には木下個人の事業と異らない形態のものであること
(ヘ) 右東興商会は設立当初から業績は不振で昭和三七年暮頃には一億円近い負債を生じ、昭和三八年中は辛うじて事業は継続していたが金利を支払う程度で元本の返済をする余裕はなかつたこと
(ト) 昭和三九年二月、木下が不動産の取引に関し詐欺、横領の疑いで逮捕されるに及んで右東興商会はついに倒産する至り、また他に見るべき資産もなく、結局支払いは不能となつたこと、また木下は右逮捕以降勾留のまま起訴されて懲役五年の判決を受け、現在まで服役中であること。
等の各事実を認めることができる。しかして、被告人が木下に交付した金五〇万円は、会計処理上仮払金として貸借対照表のうえから資産として借方に計上すべきものであること、また他人の代理人たる資格を称する者が契約をした場合、後日本人の追認を得ることができないときは、相手方の選択によりその代理人たる資格を称した者自身が履行又は損害賠償の責に任ずべきものであることは多言を要しない。従つて履行なり損害賠償の能力の有無も専らその無権代理人自身についてこれを判断すべきものである。
そして右認定の事実に徴すれば、本件契約が解除された結果、東興商会自身が原状回復の一環として被告人に対してさきに交付を受けた手附金五〇万を返還すべき義務を負うことは明らかであるが(右五〇万円は、契約に際し手附金として交付されたものであるが、債権者が債務者の債務不履行を理由として契約を解除した場合は、この解除権の行使は、民法第五五七条による解除権に基づくものではないから、債務者としては原状回復の義務を有すると解すべきである。)、東興商会は、前記認定のとおり事実上木下信一の個人事業と異るところはなく、昭和三九年二月に木下が逮捕されるに及んで倒産し、また他に見るべき資産もなく結局支払不能となつたものであり、木下が現在まで引続き受刑中であることも原因して現在再起の見込みはないと見られるような事実に基づいて考察すると、すくなくとも客観的に見て昭和三九年二月に至つて債務者の刑の執行そのものではないにしても、これに準ずる事情により右手附金は回収の見込みがない場合に該当するということができる。しかして事業所得を生ずべき事業の遂行上、右のような事実が発生したときは、その金額を貸倒れとして必要経費に算入し、所得の計算上、その年中の総収入金額から控除すべきものである。この場合、五〇万円の支出は会計上仮払金勘定の借方に計上されていたものであるから、その減額方法としては当然同勘定の貸方に計上処理されることとなる。
よつて本件公訴事実に掲げる昭和三九年分の実際課税所得額三、八三四万八、五〇〇円から(当期所得金額は、三八八二万〇二〇九円であるが、所得控除額計四七万一、七〇〇円を控除すると三、八三四万八、五〇〇円となる=一〇円未満切捨)、右のとおり仮払金勘定の貸方に計上した五〇万円を控除すると同年分の実際課税所得額は三、七八四万八、五〇〇円となるので、判示のとおり認定した次第である。
なお弁護人は、右貸倒れにつきその発生の時期を昭和三八年中と認定すべきである旨主張するが、前示のとおり東興商会としては、昭和三八年中は非常に苦慮しながらも辛うじて事業を継続していた事実が認められ、他方本件手附金も五〇万円というそれ程多額でないこと等を考え併せると、昭和三八年中には未だ回収の見込みがなくなつたと認定するまでには至つていないものと認め得るので、その発生の時期に関する弁護人の主張は採用しない。
(弁護人の主張に対する判断)
一、弁護人は、(一)、本件各公訴事実中昭和三八年分の所得に関し、検察官が冒頭陳述で明らかにした修正貸借対照表(昭和三八年一二月三一日現在の分)の仮払金の勘定科目の借方に挙げられている五〇万円は、被告人が昭和三七年二月に松尾信一より東京都渋谷区笹塚二丁目の宅地二九坪等を買受ける旨の契約を締結した際、手附金として交付したものであるところ、右契約は松尾の債務不履行により同年四月解除され、その返還を受くべきであるが、同人は昭和三八年一二月に営業不振に陥つて倒産し、これにからんで詐欺、横領の疑いで逮捕、勾留され、引続き有罪の判決を受けて現在服役中である。従つてこの債権は、昭和三八年一二月の事業閉鎖により回収不能となつたもので、同年度の貸倒れ損失として同額を同年度の所得額から控除すべきである。(二)、同じく同年度の所得に関し、前記修正貸借対照表の店主勘定科目の借方当期増減金額欄に挙げられている一、四二一万八、七〇〇円のうち、一、二一七万九、〇〇〇円について(検察官の冒頭陳述書別紙三の(二)昭和三八年一二月三一日現在の逋脱所得の内容中、番号17の店主勘定の明細のうち宅地購入費の一、二一七万九、〇〇〇円を指す)、これはその説明自体から明らかな如く、昭和三八年中に非事業用宅地を被告人の出捐により一、二一七万九、〇〇〇円で購入取得しているとするものである。しかしこれについては、後記のような理由により店主勘定科目から除外し、その代り二七七万九、〇〇〇円を同勘定に計上すべきものである、すなわち、この宅地購入の経過は、被告人は昭和三八年一月に東京都新宿区戸塚町三丁目三〇九番地二〇地上に木造瓦葺二階建居宅一棟床面積一階三六・六平方メートル、二階一三・五平方メートル、他に付属建物、物置、車庫及び居宅を建築したが、同年八月三〇日、これを朝倉鉱造に代金九四〇万円で売却し、他方同年九月一〇日に北山春市所有にかかる同都中野区江原二丁目九〇二番の二の宅地を対価一、二一七万九、〇〇〇円で購入しているところ、その購入資金のうち九四〇万円は右建物を売却した対価をもつてこれに充て、残額二七七万九、〇〇〇円は被告人において追加出捐したものである、しかして検察官は、右建物は被告人の所有にかかり、従つて売却により取得した対価九四〇万円も当然その所得となり、さらに新しく購入した宅地も被告人の所有であるから、結局全額被告人の出捐によつて宅地を購入し、その宅地も被告人の所有であるとしてそれを店主勘定に計上しているのであるが、被告人は戸塚町の建物を建築した際、妻てるの永年に亘る内助の功に報いるためこれを同女に贈与し同女の所有に帰したものである、故に同年八月にこれを売却して対価九四〇万円を取得したが、もとよりこれは妻てるの所得に属するものであり、被告人はさらに妻が江原町の宅地を購入するにあたつて別途二七七万九、〇〇〇円をその資金として妻に贈与し、妻においてさきの九四〇万円と被告人より贈与を受けた二七七万九、〇〇〇円とを合した資金をもつて右宅地を購入したものであつて、その所有者は妻であり被告人ではない、従つて店主勘定に計上されている一、二一七万九、〇〇〇円はこれを除外し、被告人が妻に贈与した二七七万九、〇〇〇円をこれに計上すべきものである、(三)、昭和三九年分の所得に関し、同じく修正貸借対照表(昭和三九年一二月三一日現在の分)の有価証券売却差額の勘定科目の借方当期増減金額欄に挙げられている三、四〇五万八、三五〇円について(検察官の冒頭陳述書の別紙四昭和三九年一二月三一日現在の逋脱所得の内容中、番号24の有価証券売却差額の全額を指す)、このような損失は客観的には検察官の指摘するとおり、所得の計算に含めない取扱いであることは異論がないとしても、この取扱いを規定した所得税法及び同法施行規則は極めて複雑難解であつて、一般人にとつては理解し難いものである。被告人もまた同様であつて、被告人としては同年度の確定申告当時、この売却差損は所得計算上当然損金として計上されるものと誤解していたから、この分については逋脱の故意がなかつた、とそれぞれ主張する。
二、なお右主張のうち(一)については、すでに公訴事実に対する判断の欄において当裁判所の判断を示しているので、これを省略し、以下(二)及び(三)についてその判断を示す。
(一) 弁護人の主張(二)の点について
この点については、証人田中てるの当公判廷における供述、登記簿謄本二通(新宿区戸塚三丁目三〇九番地二〇の居宅に対するものと中野区江原町二丁目九〇二番の二宅地に対するもの)並びに被告人の当公判廷における供述によれば、一見弁護人の主張する事実を認め得るかの如くであるが、右証人及び被告人の各当公判廷における供述は、同人らの各検察官に対する供述調書と対比してにわかに措信し難く、かえつて右供述調書と同人らの当公判廷における供述の一部を総合すると、被告人は昭和三一年九月頃から昭和四一年二月まで判示のように個人でアパート等の建売業を営んで来たものであるところ、その間建ぺい率等の問題で行政当局等から追及されるのを回避するためもあつて、ことさら営業名義を第三者にして届出たり、十数回に亘つて住所を移転した如く住民登録変更の手続をする等、極力被告人の所在ないし名義を秘匿して来たこと、従つて水道料の納付等の如きも以前から妻てる名義でなされていること(東京都水道局西部支所長作成の証明書)、また税務当局に対しても、被告人は家族と別居しており、家族の生計費は妻名義の建物の一部を賃貸していてその賃料によると申立て、実際には妻に所得がなく、生計費は被告人の収入に依つているのにその辻褄を合わせるため、妻てる名義で所得税を納付したこともあること、妻てるには収入がなく、非事業用の建物を建築するにしても宅地を購入するにしてもすべて被告人の出捐に俟たなければならないこと等の諸事実が認められ、これと税務当局による自己資産の実態の把握を免れるため、その名義を家族又は第三者ないしは架空のものにすることは世上一般に広く行われている事実とを併せ考えると、ひとり建物及び宅地の登記簿上の所有名義がたまたま妻てるのものとなつているからといつて額面どおり受取るわけにはいかず、また建物を売却し、その譲渡所得税を同女名義で納付した事実があつたとしても、それは登記簿上所有名義が同女になつていたからにすぎないと思料され、むしろ田中てる並びに被告人の各検察官に対する供述調書に記載されている如く、建物及び宅地について登記簿上の所有名義は仮に妻てるとあつたとしても、その実質的な所有者は被告人であり、前示のような目的からこれを妻名義にしたものと認めるのが相当である。このことは、証人瀬畑正雄の当公判廷における供述並びに前記宅地に対する登記簿謄本からも窺えるように、宅地所有権の帰属をめぐつて税務当局と折衝した際、若し妻てるの所有であるとするならば当然その対価に相当する金額は被告人よりの贈与と認めて贈与祝を徴収せざるを得ないという取扱いの方針が示されるや、一変して、被告人の所有として課税を免れ、その後登記簿上も真正なる登記名義の回復ということを原因として被告人名義に所有権移転登記を了している事実によつても首肯し得るところである。
右のような次第であつて、新宿区戸塚町の居宅は登記簿上の所有名義は誰であろうとも、実質上の所有者は被告人であり、従つてこれが売却譲渡による所得も被告人に帰し、さらに中野区江原町の宅地購入にあたつても全額被告人が出捐し、宅地の所有権も被告人にあると認められる以上、宅地購入の対価一、二一七万九、〇〇〇円は当然店主勘定として計上し、被告人の資産中に含めるべきであるから、弁護人のこの点に関する主張は採用し得ない。
(二) 弁護人の主張(三)の点について
この点については、証拠上弁護人主張のように三、四〇五万八、三五〇円の売却差損があつた事実は認められる。しかし東京証券取引所作成の証明書四通によれば、被告人が昭和三九年中に譲渡した有価証券の株数は合計六五万株であるが、その譲渡回数は四回に止ることが明らかである。そして証拠上他にこの譲渡が昭和二二年法律第二七号所得税法第六条第六号のイないしハに該当するような事実は認められないので、所得税法上この譲渡による損益は同条の規定により課税の対象となるべき所得にあたらないものといわなければならず、仮にその譲渡によつて利益が生じても税法上所得には含まれず、又損失を生じても必要経費ないし雑損として所得から控除されるべき性質のものではない。
ところで弁護人は、被告人としては当時右のような取扱いを規定した所得税法及び同法施行規則を知らず、当然右のような売却差損は所得計算上損金に算入されるものと誤信していたという。しかし、押収にかかる所得税確定申告書綴(前同押号の二一)のうち昭和三九年分のものによれば、右売却差損を損金として申告した事実は認められない。客観的にはともかく、被告人が主観的に真実これを損金として計上することを認められると考えていたのであれば、これは被告人にとつて有利な事実であるから(しかも極めて多額であることから)、当然所得金額の必要経費欄に記載申告し、もつて税負担の軽減を図ろうとするのが事業経営者一般の常識に合致する所以である。しかしそのような方法をとることもなくかえつて被告人の検察官に対する供述調書によれば、その売却差損に見合う分だけ事実上損金になるような処理をしたいと思料して過小な申告をしたという事実が窺知されるのであつて、所得税法並びに同法施行規則に対する錯誤があつたとする主張はにわかに措信し難いといわざるを得ない。
加えて右のような点に対する錯誤はひつきよう法律の錯誤に帰するものであつて、有価証券の売却に関する事実自体に対する認識には何ら欠けるところがないのであるから、これをもつて故意を阻却するとはいえない。従つて弁護人のこの点に対する主張も採用し得ない。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 近藤暁)
別紙(一)
修正貸借対照表
田中平八郎
昭和38年12月31日
<省略>
別紙(二)
修正貸借対照表
田中平八郎
昭和39年12月31日
<省略>
別紙(三)
税額計算書
昭和38年度
<省略>
別紙(四)
税額計算書
昭和39年度
<省略>